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妊娠・出産・産後

羊水検査を受けた私の検査を受けるまでの経緯、そして葛藤とは

投稿日:2018年1月17日 更新日:

7年前、次男を妊娠中に羊水検査を受けました。
結果として今次男は何の障害もなく無事に健康に産まれて来てくれ、春には1年生になります。

つい最近ドラマでも出生前診断について取り上げられていましたが、私が羊水検査を受けることになった経緯と、検査の事。
そして当時の自分の心境についてここでお話ししたいと思います。

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NTを指摘される

妊娠10週
悪阻はまだひどい時期であったけれど、心拍も確認できたし、初期の流産のピークであるという8週も越えた頃。
まだまだ不安定な時期だけれど、きっと大丈夫だろうとなんとなく気持ちも軽くなっていた時の健診でした。

心臓も力強く動いたし、前回の健診ではまるでクリオネのようだった赤ちゃんの手足もしっかり伸びて赤ちゃんらしく見え、「元気ですね。順調ですね」と言ってもらえたのに。

いつもならこれですぐ終わるエコーがなかなか終わりませんでした。
エコーの画面はカーテンの向こう。
そしてそのカーテンの向こうで先生二人が話し合う声。

「3.5?」
「4?」
「いや、3.5はあるけど4はない。」
「3.8だね」
何かあったんだ・・・とすぐ思いました。

私がここで指摘されたのは、NTでした。

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NTとは

Nachal Translucencyの略であり、胎児の後頸部(首の後ろ)に見られる浮腫みの事です。

簡単に言えば、赤ちゃんの首の後ろに浮腫みがあること。
それによって染色体の異常がある可能性が人より少し上がる事。
当時私は35歳
異常がある確率としては低く20~30%。
染色体異常とは、よく聞くところでは21トリソミー(ダウン症)18トリソミーの事だと医師から説明を受けました。

ただしここで注意してほしいのは、NTが見られる事によって染色体異常が見られる可能性が高まる傾向があるとは言っても、妊娠初期のNTは必ずしも病気ではない事です。

NTは正常な胎児にも見られる事もあり、胎児の向きやちょっとした姿勢の変化で数値が大きく変わってしまう検査である事を言っておきます。

私も場合も、二人の先生が何度も測定してくださいましたが、見せていただいたエコー写真の数値は2.8ミリ~4ミリと様々でした。

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羊水検査を受けるまでの葛藤

出生前診断、羊水検査、染色体異常
昨今ではドラマなどの影響もあり、言葉だけは知っている方も多いと思います。
妊娠中は特に赤ちゃんが元気に無事に生まれてきてくれるかどうかが不安になるものですが、それでもまさか現実にわが身の事となるとは思ってもいないもの。

診断を受けてから先生と話す間は動揺のあまり涙が止まらなかった事を覚えています。

妊娠中のトラブルが自分の体の事であればよかった。
なんでこの子の事なんだろうと。

二つの意見

よく出生前診断を受ける事では倫理的問題点があげられます。
障害がわかった事でどうするのかという事ですね。

私の場合は、NTを指摘された時に二人の医師の話を聞きました。

一人目は通っている産院の女性医師です。
「医師として羊水検査の話はするが、検査自体は積極的には勧めない。羊水検査で流産する確率は0.3%と稀である。ただ、もし、異常がわかった場合に命を選別できるのだろうか。たとえダウン症だったとしても、今の世の中なら受け入れる体制もある

もう一人は長男が通っていた小児科の女性医師。
先生は、医師としてではなく一人の女性として同じ母として聞いて欲しいのだけど・・・と前置きした上で、
「少しでも異常がある可能性があるならば迷わずに自分は羊水検査を受ける。そしてもしなんらかの障害があった場合には中絶も考える。障害がある子にはまだまだ生きにくい世の中だ。自分が一生背負う覚悟を持てるのか。上の子の人生にも必ず影響する」
と、はっきりおっしゃったのです。

真逆の意見ではありましたが、どちらの意見も私の胸にはすっと入ってきたのでした。

羊水検査を受ける決断

NTとは妊娠10週~14週位の頃に見られ、その後は自然になくなって行く場合もあります。
私は最初にNTを指摘されたのが妊娠10週。
その後、1週間後に再度測計測し、羊水検査を受けるかどうかの判断はその結果を見てからする事にしました。
1週間後、妊娠11週でのNTは3ミリと薄くなっていました。

結果、私は羊水検査を受ける決断をします。

エコーではっきりと何かしらの異常がわかる場合もあれば、生まれてくるまでわからない疾患もあります。
少しでも可能性があると知ってしまった以上、知る方法があるのに知らずに残りの妊娠期間を過ごす勇気がなかったのです。

もし異常があった時、それを受け止める覚悟があるのかどうかなんてわかりません。
どんな風に生まれても愛するわが子だなんて当時の私には言えませんでした。
もし、長く生きられない命だったら。
長男に我慢させる事もいっぱい出てくるだろう。
たった一人の育児でもいっぱいいっぱいになっていた弱く未熟な私に、障害がある子を育てる自信なんてあるわけはない。

だったら中絶するのかと言ったら、お腹の中のわが子の命を奪うなんて選択は恐ろしすぎて出来ないと思いました。
私の場合はただ知りたかった
「知る」為に羊水検査を受ける決断をしたのです。
知ることによって出来る準備があるだろうと思っての事でした。

大学病院に紹介状を書いて貰い、実際に羊水検査を受けることになったのは妊娠17週

検査は15週から可能との事でしたが、15週ではまだ子宮が小さい事からなるべく大きくなってからがよいとの事で17週に決めました。

最初に10週でNTを指摘されてから検査を受けるまでに経過した時間が与える不安は、精神的に計り知れないものでした。

羊水検査を受ける決断自体は早く迷いもなかったはずなのに、時間を与えられると不安と迷いと様々な思いがわいて怖くなりました。

検査を受けること自体が正しいのかどうかまた分からなくなりました。
まずは気持ちが沈み笑う事が出来なくなりました。
不安に心が支配されて毎晩泣いては、特に検査前の一週間はほとんど眠れませんでした。

羊水検査を受けた時の事

検査は分娩室で行われました。
3人の医師がエコーを確認しながら、お腹の実際に針を打つ場所にボールペンでマーキングしていきました。

私はずっと涙が止まらず、看護師さんがすっと手を握っていてくれました。
赤ちゃんはこの時眠っているようで動きませんでした。
頭を上にしているようで、赤ちゃんの足がある私の右下腹部に針を刺すスペースがあるようでした。

事前の診察では麻酔はしないと聞いていたのですが、この時2本打ってくれました。
エコーは羊水検査用のもの。
針を刺す場所をナビゲートしてくれるような機能があるようでした。

麻酔のおかげで針を刺す感覚はありませんでしたが、歯の治療の時のような痛みはないけれど圧迫されるような感覚がありました。

針がどんどん進むにつれて圧迫される感覚が大きくなり、痛みに変わりました。

この時なかなか羊水が上がってこないようで針を刺す医師の手に更に力がこもりました。
先生方は羊膜が硬くなかなか針が突きぬけないような話をしていました。

赤ちゃんが動き出してしまったので、検査を一旦中断。
また赤ちゃんの動きを確認しながら麻酔を追加し、針を刺す場所を移動。

なんどか針を刺して抜いてを繰り返し、最後には無事に20ccの羊水を採取出来たのでした。
その間40分程。
私はエコーで赤ちゃんがバタバタを元気に動く様子を見ながら涙が止まらない40分でした。

羊水はきれいな黄色の透明な液体でした。

あとでお腹の傷跡を見たら紫色の痣になった刺し跡(蚊に刺されたような)が6か所ありました。
お腹を再度消毒し、抗生剤の点滴と、NSTのモニターをつけお腹の張りを確認しながらそのまま分娩室で2時間休みました。

この時はとにかく安堵の涙が止まりませんでした。
検査自体が無事に終わった事もそうですし、検査を受ける受けないの葛藤から解放された事の安堵でした。

一泊の入院と羊水検査にかかった費用は14万円弱

退院後1週間は張り止めのウテメリンを1日4回
感染を防ぐための抗生剤を1日3回服用
お腹に傷がある3日間は湯船だけでなくシャワーも禁止となりました。

結果を待つ間

羊水検査の結果が出たのは3週間後。
検査が終わってすぐは安堵の涙でしたが、結果が出るまではまた不安で眠れない日が続きました。

ネットで様々な情報を調べては不安で不安で、健診以外でも産院にかかりエコーを見せてもらったりしました。

今思う事

この時、お腹の中の次男は羊水検査で調べられる染色体異常に関しては異常なしと診断され、生まれるまでは心疾患とその他の疾患について注意深く見守って頂きながら出産の日を迎える事になりました。

そして無事に丸々と元気いっぱい健康に生まれて来てくれたのです。

今でも、もしあの時検査の結果が違っていたらと考える時があります。
勿論どうしていたかなんてわかりませんが。

すぐに受け止める強さなんてありません。
けれど、やっぱり赤ちゃんを諦めるという結論には至らなかったのではないかなと想像します。
初めての育児が手探りであったように少しずつ少しずつその子のペースで共に生きる事が受け止める事に繋がって行くのかもしれません。

羊水検査を受ける事には様々な考えがあるかと思います。
正解は誰にも決められないものです。

はっきりしている事は、障害の確率を言われ検査を受ける受けないかの場所に立った時の精神的な負担は他人では計り知れないほどに大きいという事。
どういった決断をしようと他人がどうこう言う権利などないのです。

そして、健康に生まれてきてくれたとしても、その後どうなるかなんて誰にもわかりません。
全員に様々な可能性があるのです。

もし今まさに私と同じような経験をされている方がいらっしゃるとしたら、これを一つの経験談として読んでいただければと思います。

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