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子どもにお金かけすぎ!?高い塾代払い通わせてしまったことに後悔!

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今思えば末っ子にお金をかけすぎてしまいました。
小学校3年生の時、末っ子は交通事故に遭い、暫く入院していたこともあって、その頃から勉強が遅れがちになっていきました。
先生方も配慮して頂いて、教材なども手渡していくれていたのですが、中学に入った頃から、ますます勉強が遅れがちになり、塾に入れる決心をしました。
最近の塾代はとても高く、今思えば親の勝手な考えで子どもにお金をかけすぎたな…と後悔しています。
そんな我が家のエピソードをお話します。

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本当に塾は必要だったのか、既に後悔し始めていた2学期後半

けれど、元々勉強の必要性を感じるのは本人であるべきで、親のほうが当事者よりも必死になる必要はなかったと、後から思っています。

なにしろ、末っ子自身は勉強に追いつきたい、という意思表示をしていたわけでもなかったのです。

また、いざ塾を決めて通い続けてほしいと思っていても、肝心の本人の「心」がそこになければ、結局親が送り迎えの負担がかかるだけでした。

学校から帰って塾の準備をさせようとしても、それさえ待つのがイライラするほどマイペースで、通う習慣づけだけで精一杯の状態で、当時特別収入がよかったわけでもない、我が家の家計を削ってまで塾代を払っていることに、中学2学期の後半から既に後悔し始めていました。
 

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親はどうしても必死になってしまうものかもしれない。

今思うと、その塾代は私自身の勉強代でもあったのかも、というちょっと強引なつじつま合わせをしたくなります。

当時、私は周辺の教育熱心な親達にあおられるように入れてしまったことのほうに後悔しています。

勉強ができないままにしておいてはいけないとか、このままでは満足に高校に上がれないとか、人生のある時期の成長を冷静に考える余裕がもてませんでした。

たぶん、

「あの事故さえなければ」とか、
「ちゃんと勉強する環境を早い段階で用意できていなかった」とか、

罪の意識などに縛られ、なんとかしなくてはと必死になってしまったのだと思っています。

また、塾に入れたことで、いい高校に上がっていく子も知っているので、焦ってしまったのも大きかったと思います。

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親の思いは子どもに通じず

末っ子を必死で送り迎えするも、途中で2回ほど塾を変えました。

それも、友達となら一緒に通えるとか、先生がいいとか、勉強とはまた別の理由で選ぶことが多かったのです。

それでもなんとか塾通いすることで、成績によい影響が出始めるなら、と必死の思いで変更も承諾してきました。

勿論、入会する時点でまたお金が発生します。

 この時点でも、私が
「もう、いい加減にしなさい。」と、突っぱねることができればよかったのです。

それも一つの自立への促しとなったことでしょう。子供も親のことをよくわかっているのだと思います。

自分を塾に行かせるためには、ある程度の要望にも妥協もするとみていたのでしょう。

しかも、そうして塾を変えたところで、意欲的に勉強を始めたわけではありませんでした。

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さいごに

結局、払った塾代が功を奏すことはなく、末っ子は高校受験の手前で塾をやめ、高校には進学しない道を選びました。

彼女の人生なので、親としては最初から「見守る」という忍耐が必要だったと、思い知らされます。 

それが例えどんな茨の道になることが予想されても、親だけが必死、というのは可笑しなことなのだと思えます。

塾代と引き換えに、改めて子育てには「忍耐」というお金のかからない労力こそが大切なのだと思い知らされました。

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